山内 治/アナリストの目

最終ページのマーケットの魔術師の呟きは「3人のセゾン」
2020/07/16 15:02:37


7月16日木曜日の相場日記
 「“ヒュー”口遊む風の音とともに小さめの人影が視界に入ってきたので、閉まり掛けた扉を開のボタンで反転させ待つことにした。“キキーッ”ブレーキ音を響かせ箱の中に飛び込んできた妹は、いつにも増して元気だった。“ドーン”軽くぶつかり“12階です”と言って笑った。 場のムードを一瞬で一変させ、職業病を患ったアナリストの膠着マインドを長陽線一本で一気に急伸させた。“ゆっくり着地しないと、また怪我しちゃうよ。” 扉が閉まり上昇し始めると正面に立ち、かわいいふくれ顔でみつめてきた。子供なりにこれ以上下手なことを言わせない雰囲気を醸し出したのだろう。成長していた。お洒落もしていた。何かあったのかなと気に掛かり、探りを入れてみた。“どこか行ってきたの?”“ミタカ”“ミタカ?”“ミタカのジブリ美術館。仲良しの友達と、想い出たくさん作ったの”“へぇ〜、よかったね”“うん”と言って、次の言葉をためらい少し俯いた。大きな赤いリボンが頭部を支配していた。気に掛かった答えの一つを見つけたような気がした。“かわいいね、そのリボン。服と靴も似合ってる”“わかるの、キキ” 正解を先に言ってくれた。“パンツも揃えたの”とみせようとする。“ワォ”あわてて手で制し、視線を逸らすと上部隅の監視カメラに睨まれた。 甘い匂いが微かに漏れていたのだろう、加えてお腹もすいていたのだろう、マイペースの妹はクンクンと小さく鼻を鳴らしながら“その白い袋の中は何?”と目の前に対面する袋を指差し“グー・チョキ・パン店のパン?”と残夢の中に引き込もうとする。そんなわけはない、と思いながらもリボンにつられ付き合うことにした。“違うよ、姉妹店のジャン・ケン・ポン店のパンだよ”“えっ〜! そんなお店あるの”と目を見開き人差し指で袋に記された横文字をたどたどしくなぞり始める。“じゃん・ふん・〜読めない、でも違うのわかる、嘘つき!”“ばれたかぁ。これは渋谷で一番おいしいジャン・フランソワっていうお店のクロワッサン、サクサクでおいしいよ、2つあげるから許して”“うん、ありがとう。” 直ぐに許してはくれたものの、受け取ろうとはしなかった。少し大きめの肩掛けカバンをお腹の前で開け、慌てて何かを探し始める。“どうしよう、おじさんの分のお土産がない”と今度はかわいい困り顔でみつめてきた。“そんなこと気にしなくていいよ。ずっと会いたいと想っていた本物のキキに会えたから、それで十分だよ。はい、どうぞ” すまなそうに、そして本当に嬉しそうに受け取ってくれた。同時に目的階の9階の到着音が鳴り、上振れの浮遊感と日常を輝かせ時を忘れさせた短すぎる急伸トレンドの大引けが告げられた。歩を前に進める。“それじゃあ、元気でね”“うん。パンありがとう、お姉ちゃんと食べるね。さようなら” “こちらこそありがとう、さようなら。” 別れの挨拶を交わした後、ゆっくりと再上昇する箱の中で手を振る姿を目に焼き付け見送った。またね、ではなかった。それがもう一つの答えだった。魔法を使ったとしても変えることのできない定めなのだろう。急反落によりポッカリ開いた心の窓に冷たい風が流れ込んだが、歩を前に進めた。前を遮る風が強まり開けられた窓が一つではないことに気づき、守りたかった小さな幸せが二つ無になったことを認識しても決して立ち止まりはしなかった。悲しいことにマーケットの魔術師は目には見えない大切なものと引き換えに、予期せぬ突然のデッドクロスとの出会でさえも利益に変える術を身につけてしまっていたから。」

●アナリスト紹介
 第一商品(株)フューチャーズ24、山内 治
 現在、フューチャーズ24にて、FAX・メール情報に掲載する市況作成等を担当。国際情勢を軸にした、長期的な商品分析を得意とする。「商品アナリスト(貴金属)・東京商品取引所認定」、「商品アナリスト(石油)・東京商品取引所認定」を取得。

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